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獣医師のこぼれ話

⭐一つの生と一つの死⭐

昔の話になります。
私が大学の付属病院で、インターンと呼ばれる研修医をしていた時のことです。

病院では主に内科の診察をしていましたが、ある寒い日のこと、老夫婦が飼っている老犬Yちゃんを連れて来られました。
まるで赤子を抱くように、かわいがっていました。

おじいさんがまず、「うちの子のおっぱいにできものがある」と言い、その後は、おばあさんと交互に老犬を飼ったいきさつや、どんなに利口な犬かを私に話して聞かせてくれ ました。

できものは乳腺(せん) 腫瘍(しゅよう)と呼ばれるもので、悪いものだと乳がんです。
今から思えば心臓の悪いかなりの老犬でしたが、血気盛んだった私は老夫婦を説き伏せ、手術でおできをとることになりました。

手術は無事に終わり、元気にこの老犬は退院し、老夫婦は感激して帰りました。
検査の結果は、乳がんでした。
その後もこの老夫婦は、よく私の元へ元気な姿を見せてくれました。

月日が過ぎたある日のこと、外来窓口におじいさんとYちゃんがいるのを見つけました。
おじいさんがいつもの笑顔ではなかったので、私は心配で話しかけました。
「おじいさん、Yちゃんに何かあったのかい」。
するとおじいさんは「先生、うちの婆さんが先月、がんで死んだんだ」と言う。

いつも二人で仲むつまじく、愛犬をいとおしげに抱いて来院されていたのに・・・。
そして 帰り際、おじいさんがぽつりと言いました。
「うちの婆さんも先生に診てもらえばよかったよ」と。
未熟な私ですが、心を打たれる一言でした。
今でも忘れられません。

(斉藤聡=札幌・石山通り動物病院院長)

2001/05/16(水) 北海道新聞夕刊 掲載

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